読書感想文です。今回読んだ本はこれ。
もくじ
概要・この本を読もうと思った理由
IT業界のホワイト企業と紹介される事も多いSCSK社の各種取り組みが紹介されている本です。SCSK社と言えば、住商システム(SCS)とCSKが2011年に合併して出来た新しい会社。残業時間の少なさや有給休暇もバッチリ取れるということで、経産省に表彰されてしまうようなIT業界らしからぬ会社です。
ググってみたところ最近では以下の表彰を受けています。
- ダイバーシティ経営企業100選(経済産業省)
- なでしこ銘柄(経済産業省・東京証券取引所)
- 健康経営銘柄2018(経済産業省・東京証券取引所)
- 健康経営優良法人2018(経済産業省・日本健康会議)
昨今の「働き方改革祭り」のニュースでよく名前を見かけます。平均残業時間なんか20時間以内だとかで、どうしたらIT業界、SI業で20時間を達成できるのだろうと、ずっと気になっていた会社でした。「SCSKがやってるなら、俺の所でも出来るはずだ」と、同じIT業界に勤める私は考えまして、そのヒントを求めて本書を読んでみました。
全体的な感想
個別に気になった所はありますが、まずは全体の感想からいきます。本の内容としては軽い系の本です。よくまとまっているからそう感じるのでは、とも言えますが私が読んだ感じでは軽く読めてしまう程度の情報量でした。休日にサクッと読み切れてしまうような情報量です。良い本はそれこそ1ページ進むごとに色々な考えが頭に浮かんでくるものですが、そういう気づきや応用に思考を巡らす本では無いと感じました。
本書のタイトルは「SCSKのシゴト革命 業務クオリティ向上への取り組み」です。SCSK社の残業時間の少なさやホワイト要素の秘密を求めて、本書を手に取る人が多いと思います。
本書に書いてあることが全てであれば、明記されてはいませんが、答えは「愚直に施策を進める」になります。
どこのSIerでもやっているような施策を経営トップが強い信念で徹底的に推し進めたということが本書から何となく読み取れました。何か凄い裏ワザで残業時間を減少させるといったウルトラC施策が書いてあるわけではないので、逆説的にそう考えるしかありません。
残業と有給休暇に対する取り組み
施策
月平均残業時間20時間、有給休暇20日分の取得を目標に掲げていたそうです。じゃあどうやるのというと、以下の施策を実行していったそうです。
- 目標達成でボーナスを支給
- 一斉年休取得日の設定(飛び石連休の間は休み)
- 有給休暇20日以外に不測の事態で使える休暇を5日分付与
- 残業時間の長さによっては申請が必要
- 残業時間が増すごとに段階的に承認者が上位職へ変更
- 月80時間の残業で社長承認
- 月60時間以上の残業や休出は部門へペナルティー
これらの施策を実行すると、社員の意識が変わり残業が減っていったと本書には記載されている。
考察
同じIT業界、SI業の会社に勤める身としては、この施策で残業時間が減少していったとはにわかに考えられません。何かほかの要素によるプラスアルファがあったか、多くの社員による忖度がないと実現はしないだろうなと。
日本の会社では相当の理由が無い限り従業員は解雇されませんから、基本的にずっと同じ企業に勤めて給料が上がっていくことを期待します。となると、部門へペナルティが課されることや社長承認案件が発生することは上司の評価が下がることに繋がりよろしくないと考えます。評価を下げられた上司が、自分の評価を下げさせた部下を昇給・昇進させないのは当たり前です。そしてヒラ社員もこのストーリーを理解しているので上司が怒られる行いはしません。じゃあどうするか。長時間残業やネガティブな行いは、何とか誤魔化す、隠すという方向で処理しようとします。
また目標達成でのボーナス支給についてもいい結果は出ないだろうと思います。ヒラ社員は上記の昇給、昇進といった長期的な目線での評価を気にしつつ、短期的にも自分の利益を最大化します。目標達成のボーナスを狙うか、素直に残業時間を申告して残業代を貰うか、経済的な判断が入ってしまいます。本当は素直に申告するのが、企業としては望ましいのだけど、それをねじ曲げる形になる可能性があります。
こういった長期・短期ごとの評価を勘案し、トータルで自己の利益(金銭、評価)を最大化する行動をとるわけです。多くの社員がいれば、中には真面目に勤怠をつける人もいるし、金銭的な利益を最大化する人もいる、長期的な評価を最大化しようとする人もいる。目の前の残業代と長期的な積み重ねで発生する昇給のどちらを選ぶか、勤怠を真面目につけるか、そもそも評価の上昇を貪欲に狙う性格か、人によって選択は変わります。
そんな色々な人たちの思惑が交錯した結果の最後の集計値が月の平均残業時間だったり、有給休暇の取得割合として表面化するわけです。確かに残業時間は減っただろうけど、それが上記の施策を実行した結果として発生した事実だとは思えないのです。上にも書きましたが、「社員の意識が変わり残業が減った」と本書にはあります。一般的に施策を実施しただけでは人の意識は変わりません。どうやって従業員の意識を変えさせたのか、その部分の記述が本書に無いのが非常に残念です。
ネガティブに考え過ぎな可能性は否定できません。もしかすると本書に書かれていない別のウルトラC施策があるのかもしれないですし、上記の施策が有効に働く企業風土が醸成されてるのかもしれない、トップの求心力が高くて「社長がやるというならやる」と考える人がいっぱいいるのかもしれない。
いずれにしても、上記以外の何かがあるのだと思います。その何かは本書に書かれていませんので、それを求めている人は本書を手にとっても得られるものは少ないです。
残業は減っているが利益は増えている。なぜ?
本書によると、残業時間減少や休暇取得で労働時間は減少しているが、5期連続で増収増益を達成しているとある。これはなぜだろう?同業として気になるところです。
その答えは「仕事のやり方」を変えたことにあると書いてある。
業務の標準を定義し、社員がみんなそれに沿って仕事をすることで、作業は効率化、高品質で赤字プロジェクトも出ない、管理もしっかり出来るから赤字の芽を早期に摘める。
うん、そりゃそうだ。
これまた多くのSIerが実現させては形骸化させを繰り返してきた普通の施策が出てきた。確かに理屈は正しい。私が勤めるSIerでも標準化は行われているが、網羅性が低い、根付かない、古くなる、ということで結局使われていない。むしろ定義した人が満足して、外へのアピールに使って終わりという世間一般のSIerでは大体こうなるという鉄板パターンを踏んでいる。
本書では従業員に根付かせるためにSCSK社が行った施策についても記載がある。大体がこう。委員会を作る、部署ごとに業務標準導入リーダーを決める、説明会を開く、パイロットプロジェクトを決めて使わせる。
私が勤めるSIerなら絶対にうまくいかない。「会社がメンドクサイ標準を作ったらしい。うるせーから素直に従うフリだけして、やり方は今まで通り」という典型的な面従腹背民が多数現れる。
SCSK社でも同様の反発はあったらしい。しかし粘り強い啓蒙活動と実際に使ってもらう経験を積ませることで「あれ、これ悪くないやん」と思わせることに成功したとのこと。更に一度この標準を使ったプロジェクトを経験すると、業務標準に好意的になるらしい。(よくできてるってことか?)
上述した残業時間や有給休暇については、社員が忖度することで実態と異なる数値となっている可能性がある。しかしここで書いていることは増収増益に繋がる話、つまり会社の業績数値となるわけだから、まず実態の数字と考えられる。
となると、本当に業務標準を策定することで効率化が図れて、問題プロジェクトも発生させずに業績ガッポガッポ状態になったということか?
本書記載内容から考えると、そうとしか考えられない。
本書ではSCSK社で実施された様々な施策が記載されているが、その殆どが専門委員会を設けたとか、パイロットプロジェクトを選定したとか、どこでもやっていそうな対応しか書かれていない。しかしそれで上手くいっているということは、結局のところ愚直に問題・課題と向き合って、真摯に取り組んでいくことが大事であると、そういう事なのかもしれない。
まとめ
本書を執筆、発行しているのは日経BP総研であるが、正直言って読者が知りたいことや読者を納得させるために十分な情報が本書に纏められているとは言えないと思う。私がひねくれているという部分を差し引いても、読者を納得させるだけのロジックや強いメッセージは本書に無い。「当たり前の施策を愚直に進めること」と明確に書いてあれば納得感も出てくるのですが、そう書いてある箇所も見当たらず何となくSCSK社が実施してきた施策を紹介するだけの本になってしまっている。
故に上述のように穿った見方、否定的な見方で読んでしまう。実際にSI会社に勤めている身として「〇〇と書いている本もあったね」程度の使い方しかできないだろうと思う。
しかしながら、SIerによくある制度や、よくある管理システム、よく辿る道について深くは無いもののサラッと書いてある書籍としては非常に読みやすく、中堅SIer勤めの人や、若手SE、SIerへの就職を考えている学生くんには有益な本だと思う。
大手SIerグループに勤める人なんかは、「書いてある施策ぜんぶうちの会社でやっとるわ。でもうまくいっとらん。その答えは書いてないんかーーい!」とツッコミたくなるので期待しないで読むのが正解。
この本は日経BP社による発行で、SCSK社は取材協力という形をとっている。しかしかなりSCSK社の宣伝臭が強いものになっていると感じた。
おわり