読書感想文です。
この本を読もうと思った理由
ブロックチェーンは暗号通貨(仮想通貨)の話が出てくる時に、よくセットになって出てくる技術です。私はブロックチェーン技術の概要は理解しているつもりですが、暗号通貨に応用したときの全体像はモヤっとした理解にとどまっています。
だったら実装系の本読めよ、と思うかもしれませんが触りはライト系の読み物から入るのが私のスタイル。ということで何となく図書館で見つけたこちらの本を手に取りました。
全体の感想
本書は2018年1月に出版された本です。日経XTECH(元は日経BPかな?)のブロックチェーン連載コラムを書籍化したもののようです。無料登録すれば読めます。
今まで日経○○系のWEBサイトには結構お世話になってきました。ただここ1年ほどWEBサイトが使いづらくなってしまってちょっと残念です。無料登録すればほとんど(?)の記事は読めるんですが、日経関連サイトでサービスを一本化したいみたいでシングルサインオンっぽく各サービスサイトが変更されました。で、この登録がややこしいというかユーザフレンドリーじゃないというか、とにかく使いづらい。一時期、新作コラムだけ無料会員に開放したり(過去のコラムは有料会員だけ読めるみたいな)、そしてそれが解除されたり、一ユーザから見てどうも迷走しているような印象を受けています。無料でコラム読んでいるので文句言うのは筋違いですけどね。
本書の感想としては、「悪くなかったけど、良くもない」という感じで10点満点中で5点ですね。私としては知ってる内容が半分、知らない内容が半分という感じでバランスは良かったんですが、知らない部分の説明が若干わかりづらく読むのが苦痛でした。本書は8人の著者がブロックチェーン技術の基本的な内容から問題点まで、それぞれの章を担当し執筆されています。WEB上の連載コラムからの書籍です。中には学術的に踏み込んだ内容も含まれており、想定読者がぶれているような印象も受けました。
またこの手の本でありがちな(というか出版業界の姑息な手法だと思ってますが)、書籍のライフサイクルを考慮していないのもマイナス評価です。書籍タイトルの「未解決問題」とはいつの時点で未解決なのか。そりゃ奥付を見れば出版年月はわかります。本書は2018年1月に出版されています。でも書籍の奥付を見るユーザなんて殆どいないだろうし、実は本書の内容は2016年7月~2017年2月の連載内容を2017年10月に加筆して出版していると、目次ページに小さく書いてある。こんなん「購入時に見られたくないんです」って言っているようなもので、姑息なやり方だなぁと思いました。明らかに時の流れによって陳腐化するテーマの本なんですから、堂々と表紙に「2017年版」と書いてほしいものです。
説明が若干わかりづらいと書きました。具体的にはブロックチェーンの技術やそのものの理論に言及しているところ、更に応用技術である暗号通貨の話をしているところで、それぞれ章ごとに分かれてはいるんですが、いまいち滑らかに繋がっておらず、すんなりと頭に入ってこなかったです。これは私の頭が悪いというのも要因としてあると思いますが、実際そう感じました。WEB連載だからそう感じるのかも、と執筆者側が悪いというスタンスを取りたいですがどうなんでしょうか。わかりゃーせん。
これも上で書きましたが、想定読者層が曖昧な印象を受けました。筆者らが言いたいビッグテーマは「ブロックチェーンは未解決な問題が多くあり、まだまだ発展途上の技術である。が、素晴らしい可能性を秘めたこれからの技術でもある。」ということだと思います。またパッと見でコードの無い読み物系の書籍なので、ビジネスパーソン向けのようにも見えます。しかし中身を読んでいくと、ハッシュ値、トランザクション、デジタル署名、公開鍵暗号、といった単語が頻繁に出現し(いやこれは仕方ないのかもしれないけど)、一応簡単に説明はされているがこれらの用語が頭に入っていないと本書全体の理解はとても難しく感じるだろうと思います。そういう意味で、本書はビジネスパーソンに向けたものではなく、最低限の暗号技術やNW技術を理解したエンジニアに向けた書籍のようにも思えてきます。
ここまで批判的な内容の感想を書いてきましたが、悪い所ばかりではないとも思っています。メイン著者であるMITの松尾先生は暗号やブロックチェーン技術の大家であるのに、その技術を批判している点(要は未解決問題の列挙)はとても興味深いなと思いました。特定の技術の専門家が書籍を書くと、その技術を礼賛する内容で出版されることが多いですが、本書はその逆です。タイトルはかなりネガティブなものがついていておどろおどろしい装丁をしています。
本書最終章ではインターネットの発展との比較がありました。インターネットは大学での研究から始まり、企業での実装、標準化、ビジネス利用と広がってきた経緯があります。対して暗号通貨はナカモト論文、企業での実装、ビジネス利用と進んできており、学術界における検証が入り込んでいません。最初に読んだ時はアカデミアが無視/軽視されたことが、ポジション的に看過できなかったのではないかと思いました。
しかし本書最終章を読了し、そして以下のポストを読んでから印象が変わりました。この人は本物の研究者で、この技術が本当に人間の生活を変えると信じており、真摯に研究活動に向き合っているんだなと思いました。ポジショントークをしているのでは無いと思えました。
ブロックチェーンのイノベーション、基準、そして規制の調和 – Shin'ichiro Matsuo – Medium
ただこのアカデミア無視に関しては正直頭の中に疑問があります。本書内で筆者はこう書いています。
技術は、最初アカデミアで研究を行い確かなものにした後に、企業が共同で実装を行い、その後に優れた技術の標準化が行われ、最後にビジネスへと結びつく。これが、正常な進化の形態であり、インターネットのような社会基盤となる技術においては必須のステップだと言える。
(本書P.197より引用)
本当にそうなんだろうか。今の暗号通貨が辿った道は「異常な進化形態」であるのか。この部分がどうも理解できないです。確かにアカデミック界における議論をすっ飛ばし、そして多くの問題を抱えているのは事実です。でもそのおかげで、便益を得ているユーザ(投機目的のユーザではない)がいるのもまた事実だと思います。金融の世界では「間違いちゃった。預金どっか行っちゃった。」なんてことは許されず、徹底的に利用者を保護する政策がとられます。これ自体は問題ないですが、じゃあアカデミアを通過し世界に安全な技術として暗号通貨が流通するまでに10年という期間を要して、それまでの間に不便を強いられるユーザがいたとして、それはそのままでいいのかと思ってしまうんです。
筆者はこの点についても本書最終章で言及しています。
スタートアップの多くのプロジェクトのように、Fail Fastという流儀でブロックチェーンビジネスを開発するのは方法としてあり得るが、専門家の眼でリスクを計算できるベンチャーキャピタルの資金で実験するのと異なり、一般消費者の資金で実験するのは正しいのか、(以下略)
(本書P.207より引用)
私は今年フィリピンのセブ島に語学留学に行っていまして、フィリピン人と授業という名の雑談をしてきました。その中でフィリピン人は全体の1割が海外に出稼ぎに出ていて、現地で稼いだお金を母国の家族に送金しているという話がありました。私はこの話を聞いた時に、先進諸国が中心になってFintechの議論をしているけど、真にこの技術を必要としてるのは途上国にいる人たちなんじゃないかと思いました。お金に関する技術なので安全性が第一というのは理解しているんですが、誰を幸せにする技術かということを考えると、必ずしも正解が一つしかない訳ではないんだと思いました。
私はアカデミアは従来通り新たな技術の検証や議論を進める一方で、技術の評価も同時に行っていくべきなのではないかと思いました。一周回ってきた感がありますが、要は本書のように問題があるなら一般向けに問題があると宣言する。そしてユーザは将来的に発生しうる問題を含んだその時点の技術を使うかどうかの判断をする。ユーザが技術を使うかの選択はあくまでユーザに任せ、その判断をサポートする情報をアカデミアが提供する形です。松尾先生が書いている「正常な進化の形態」というのは安全にその技術を使える状態への遷移過程を言っているんだと感じました。100%安全じゃないけど使えたら超便利な技術は、そういった前提を含ませてユーザに利用選択させる形が理想形だと思いました。安全性と利便性はトレードオフの関係になることが多々あります。100%安全じゃないと使わせないというのはあまりモダンな感じはしません。社会の便益を最大化させるなら80%安全くらいでさっさと世の中に技術を利用した製品が出てくる方がいいと思います。本書内で言及されていたことですが、非中央集権という特徴のあるブロックチェーンを、アカデミアのお墨付きが無いと安全認定されませんというのはどうもしっくりこないんですよね。現にいま日本では暗号通貨ってちょっと怪しい感じのもの、あくまで投機の対象といった風に見られています。技術が一般化するまでの過程として今の状態が理想の状態かはわかりません。ただユーザはある程度リスクを承知の上で使っている訳で、ユーザと提供者の間で不平等なほどの情報の非対称性がある訳ではないと思えます。
私はインターネットの登場前後で「正常な進化の形態」ってのが変わってきているんじゃないかと思います。ネットを使えば、(信頼性は定かではないけど)情報が手に入る。少なくとも全く情報が無い中での判断にはならないでしょうから、ある程度のリスクを認識した状態で製品やサービスを使う世の中になればいいんじゃないかと思いました。
終わりに
今回の感想文では本の中身についてあまり触れませんでしたが、要所で「ふーん、へー」と思う部分があり勉強になりました。一歩踏み込んだ理解をしておきたいエンジニアは読んでみると新たな発見や気づきを得られることと思います。また非エンジニアのビジネスパーソンの方で、ちょっと踏み込んでみたいぜと言う方が挑戦してみるのもいいかもしれません。
以上です。