師走でごわす。「今年のネタは今年のウチに」をテーマに書きかけのエントリを処分していこうと思っています。今回は2019年話題となった、いわゆる「リクナビ問題」について愚考を進めてまいります。
ニュースの概要
日経の報道
今年、散々話題になった件です。ついぞ個人情報保護委員会が行政指導を行ったというニュース。
本エントリで言及したいところを要約します。
リクルートキャリアは学生がリクナビのサイト上でどんな企業の情報を閲覧したかを記録、解析し、内定辞退率として企業に提供していた。9万5千人分の辞退率を算出したが、学生には十分な説明をしていなかった。辞退率予測サービスは19年8月にサービス終了させている。いずれのサービス利用企業も「辞退率は採用の合否に使っていない」としている。
個人情報保護委員会は合否に影響せずとも辞退率を出すこと自体が、学生に不利になると判断。学生に知らせず、利用企業とリクナビで個人情報をやり取りした行為に個人情報保護法違反の疑いがあるとしている。
保護委は「内定辞退率の算出が許されるか」などデータの使い方自体の判断には踏み込まなかった。
同日付でもう一本ニュースを出しています。これも本エントリで言及したいところを要約。
個人データ「乱用」に警鐘 リクナビ問題で37社行政指導 :日本経済新聞
内定辞退率はその後の人生をも左右しかねない重要データだ。本人が知らぬ間にそうした情報をやり取りしていた形で、保護委は「利用企業の責任も重い」と指摘。
厚生労働省も「職業安定法」の面から調査を進めており、近く行政指導に乗り出す。個人データの乱用を巡っては、公正取引委員会も独占禁止法の適用対象を広げて厳しく取り締まる方針。
リクルート社のニュースリリース
ようやく一段落したということで、リクルート社側が問題と再発防止策を公表しました。
『リクナビDMPフォロー』に関する課題認識および再発防止策についてのご報告 | プレスリリース | リクルートキャリア - Recruit Career
この中の一文を引用します。
『リクナビDMPフォロー』というサービスは、仮に前述の「ガバナンス不全」によって生じた法的な問題がなかったとしても、生み出されるべきサービスではなかったと考えております。
そもそも問題は?
明らかな同意を取ること無しに情報を取得、第三者提供したこと
この「リクナビ問題」の本質はこれだけだと思います。ちゃんと理解させたうえで同意を取るってことをせずに情報を取得して、第三者提供していたこと。逆に言うと問題点はここだけなんじゃないだろうか。
辞退率を算出したら学生が不利になるからダメ?それはおかしいんじゃないでしょうか。採用担当者は面接のときにこういう質問をすることがあります。「キミ、うちの会社第何希望?」「もちろん!第一希望でございます!」、そう学生は嘘を付けるんですよ。でも企業側は嘘をつけないでしょ。あと情報の非対称性って言われたりしますが、企業は就活生に伝えるべき情報を伝えていないってのもある。個別の項目について有利だ不利だって判定して是正することは大切ですが、学生の味方だけすりゃいいって話でもない。基本的にはどっちもどっちの駆け引き合戦ってのが国内の就職活動じゃないですか。
なので、世間が注目すべきことは「学生が不利で可哀そう」なんて感情論じゃなくて、「リクナビが個人情報保護法に違反した(疑いがある)」という事実の部分だけであるべきだと思います。
例えばですよ、リクナビが就活生向けに有料のコンサルサービスなんかをやっていたら、それは大分怪しいものだと思います。金払ったら◎つけてくれるものになりますからね。今回の話はそういうんじゃない。
内定辞退率の算出自体は悪いことではないと思う
これ何が悪いのだろう。内定辞退率を世の中のみんなが盲目的に信用するとなったら、考えきゃいけないことも出てくると思います。リクナビの匙加減一つでいとも簡単に人生が変わりますからね。たとえばリクルート社からして気に喰わない人物の一族郎党を辞退率100%と予測するとか、リクルートのお客さんの一族を辞退率0%とするとか。で、みんながそれを盲目的に信用するとなったら、確かにそれはまずい。
内定辞退率って言うと悪い方ばかりの想像がでてきますけど、当然良い変化もあるわけですよ。この辞退率が信頼性を持ったら、本当に志望度の高い学生を絞り込めるわけです。雇用のミスマッチとか、会社とのミスマッチってのが問題視されていますよね。ネガティブな意味で新卒が三年三割離職するとみんな困っているじゃないですか。企業からしたら、教育費用だけ掛かって稼げるようになったころに辞められてしまう。学生からしたら、本当に行きたかった企業に未練たらたらで現実の仕事とのギャップに悩み辞めてしまう。少なくともこういうミスマッチが少なくなれば、社会はもう少し良くなるはずです。
今は今で均衡状態にあって、それを崩すのは、当然新しい問題の出現を誘発するわけです。しかし、こういう社会が良くなるための芽を皆でボコボコにして刈り取ってしまうのは如何なものなんだろう。この問題の根っこはリクナビがキチンと同意を取らなかったところにあるわけです。内定辞退率というデータも一緒にしてボコれば気が晴れるってのは間違っていると思います。一つの事象のなかで問題視される部分と根本的に関係の無い部分があって、それは切り離して別個のものとして考えるべきでしょう。内定辞退率自体にも一種の問題は存在するでしょう。けど、そういう新しい考え方、テクノロジーを使って社会をよくするのにはどうしたらいいか、根本的な議論が欠けていると感じます。
地雷原でビジネスを
法の趣旨
日経の記事によると個人情報保護委員会は「法の趣旨を逃れる極めて不適切なサービス」との考えを示したらしいです。
・・・法の趣旨ってなんだ?私は法律関連はさっぱり分かりません。でも法の趣旨に反するというくらいなんだから、きっと「個人情報保護法の趣旨」という定義があるのだろうと思いました。個人情報保護法はこちらの政府サイトから全文確認できます。
うーん、見当たらない。何なんだぜ、個人情報保護法の趣旨ってのは。
これってさぁ、言換えると「空気を読めてない極めて不適切なサービス」って意味なんじゃないだろうか。そもそも法律の中で「趣旨」という項目がない以上、法律に違反しているってわけでもない。そうなると個人情報保護委員会は法律を独自解釈して、罰を与える存在になるってことなんですかね。
後出しじゃんけん大会
日経の記事ではこうも書いてありました。『保護委は「内定辞退率の算出が許されるか」などデータの使い方自体の判断には踏み込まなかった。』
これ、、、何なんだろう。言えばいいじゃん・・・。見解出せばいいじゃん。民間企業を萎縮させるようなことしちゃだめでしょうに。後出しじゃんけんなんかねぇ。
リクナビと同じようなサービスを思いついた企業はどうするんですかね。世のため人のため社会のため、すごいサービスを思いついた。けど、個人情報保護委員会は見解を出さないから、後出しじゃんけんで叱られるかもしれない、やめておこう。こんな世界を望んでいるんでしょうか。なんか悲しみです。
あと僕らの味方「公正取引委員会」も動き出すみたいです。
リクナビ「内定辞退」販売 公取も注視 独禁法の観点から|NHK就活応援ニュースゼミ
対 トランス プラットフォーマー用兵器と言われる公正取引委員会はこの件にこんなコメントを出しているそうです。
「個々の企業がプラットフォーマーにあたるかはコメントを控えるが、消費者といろいろな特性を備えた主体との間の取り引きは関心を持って見ていきたい」
もうこんなの「お前プラットフォーマーな!よく見たらプラットフォーマーっていま気付いた!認定したからな!捕まえるぞ!」と後出しで言えるわけです。弱者の保護や健全な市場を守るのに必要なことがあるのは理解しますけど、後出し過ぎないですかね。
個人情報保護委や公取委は、企業に対して個人情報の乱用や優越的な立場の乱用を叱りつける立場なんでしょうけど、自分たちが国家権力の濫用に手を染めていないか、ちゃんと考えた方がいいんじゃないですか。
あと厚生労働省。
同意得ても法律違反 厚生労働省のリクナビ行政指導 (1/2ページ) - SankeiBiz(サンケイビズ)
「就職活動に不利に働く恐れの高い事業は今後行うべきではない」
「学生の立場を弱め、不安を惹起(じゃっき)させ、就職活動を萎縮させる恐れが高いものと言わざるを得ない」
この発言ちょっと違和感があります。不利に働く局面もあれば、有利に働く局面もあると思うんです。それに御役所が個々の事業に「行うべきではない」なんてことは言うべきではない。発言するんなら法律的にどうだって話に留めるべきですよ。これが許されるんだったら、AIを作っている会社に「単純労働者の地位を不利にする事業は行うべきではない」とか言って圧力をかけることも出来てしまうじゃないですか。とても良くない。
学生の立場を弱め?内定の椅子の数が減るわけではないじゃないですか。本当に強く志望している企業に、その事実が定量的に伝わるのって悪いことじゃないと思います。「御社が第一希望です」という言葉の裏付けにもなるわけで、法律的な話を置いておけば、より公平な、よりクリーンな就活になるのではないでしょうか。どうも就職活動の中に変化が起こること自体を怖がっているように見えます。変化が起これば立場が悪くなる人もいますからね。そういうところからの陳情が来るのが面倒くさいんでしょうか。それとも仲良しの誰かが困る状況なんですかね。
リクナビサイドは厚労省の”指導”があったことを公表しています。
『リクナビDMPフォロー』に係る当社に対する東京労働局による指導について | リクルートキャリア
えぇ、曰く「お宅の事業で法律違反がないかチェックしろ」と。何がどう違反しているかについてはこの時点で一切言及していないように見受けられます。「同意を得ても法律違反」なんでしょ?もう法律違反と判断しているんでしょ?なんで具体的に指摘しないのだろう?
「地雷原でビジネスを」
こういうことなんでしょうかね。誰か詳しい人教えてください。笑
キッチリ片を付けていただきたい。
ここまでで述べてきたように、リクナビが個人情報でやらかした、政府サイドは寄ってたかってボコってる、リクナビは早々に白旗を揚げてゴメンナサイゴメンナサイしてる、こんな状況なわけです。
これ結局何が悪いのか、キチンと明らかにしてほしいと思いました。同意を取らずに個人情報を流した点は明らかに法律違反だと思います。一方、職業安定法では同意を得ていても法律違反という話がありました。しかし厚労省は特に公にメッセージを出しているわけでもない。なんか有耶無耶なままになっているように感じられます。
たとえば今後、辞退率というネガティブな情報ではなくて、志望順位とか、志望度(高中低の区分)とか、入社率とかって前向きな指標を作ることも許さんという話なのでしょうか。またこれはリクナビに限りませんが、将来の離職率を予想するなんてことも意義のあることです。
この件って個人情報の横流しでけしからんという面があるものの、企業と個人のマッチングを何とかするという、社会問題の解決につながりうる話です。なんかこう就活生を守って、リクナビを成敗して、はいめでたしめでたしと終わらせていい話じゃないと思うんです。今後、企業の採用活動を効率化するために、そして就活生の間で”健全な競争”を促すために、この局面で強引に蓋をしてお終いにはしてほしくありません。
そのためにも、役所は役所で何がダメだったかを明確にする、また究極的には影響を受けたとされる就活生が集団訴訟でもやって、司法の場ではっきりと良い悪いの判断をつけてほしいです。傍観者の立場からこのように思いました。
終わりに
今回ウダウダと書いてきた通称リクナビ問題、本編では触れないようにしましたが、これってこの分野に限られる話ではないと思います。たとえばYahooがやっている個人にスコアをつける事業。色んな情報を元にスコアを出して、それを信用情報として利用しようとしています。これ本質的に同じ話だと思うんです。就活の現場では信用スコアに該当するリクナビスコア(辞退率)を使っちゃだめ、でもそれ以外の事業分野ならオッケー?どこに使ってよくて、どこに使ってはダメなのか。後出しじゃんけんしている間は、民間は委縮して手を出せない状況となるんじゃないでしょうか。
今回取り上げた辞退率って、その正確性はさておき、用途が明確であって企業も学生も一定の利益を得るものだと思うのです。確かに局面によっては不利に働くこともあるでしょう。しかし学生間の公正な競争を促すための道具になると信じています。で、それはミスマッチの解消という社会的な利益につながるものです。もちろん辞退率なんて出されたくないと考える人には拒絶できる権利があって、その意思表示によって不利益を被らない仕組み・配慮は必要となるでしょう。
でも、全体的にはあって得する仕組みだと思うんだけどなぁ。法律違反かどうかの議論とは別に、社会にとって有益か否かの議論も一緒にやってみませんか?おわり。